リーン・キャンバスについて
リーン・キャンバスとは、書籍「Running Lean―実践リーンスタートアップ」にて著者アッシュ・マウリャ氏の提唱した、ビジネスモデルを記述するための書式です。一般的な事業計画書と異なり、記入項目は9つしかありません。この9項目こそがビジネスモデルの本質であり、事業構想段階ではリーン・キャンバスを用いてアイディアを見える化し多様なアイディアの中から優れたビジネスプランを選択すべきだというのがアッシュ・マウリャ氏の主張です。
この連載で用いるリーン・キャンバスは、社会的企業を記述するためオリジナルの書式に対して、▼レイアウトを縦一列に変更▼項目「社会資源」の追加▼項目「波及効果」の追加、という3つの工夫を加えてあります。
各項目の名称がやや難解なのですが、よく読めばリーン・キャンバスの各項目は活動の5W1H(誰が誰に、何を、どのように、いつ、どこで、なぜ)を明らかにする書式であることがわかります。ただし「なぜ」の部分は動機や目的ではなく事業を継続できる理由という意味合いになっていて、「圧倒的優位性」「主要指標」「収入の流れ」「コスト構造」の4つに細分化して詳しく書くようになっています。
地域体験見本市で地域の魅力を再発見・オンパク
<img src=”https://ureka.co.jp/wp/wp-content/uploads/2015/03/http_japan_onpaku_jp-150×150.png” alt=”http_japan_onpaku_jp.png” title=”この画像は一般社団法人ジャパン・オンンパク様のWebサイトより引用しました。width=”150″ height=”150″ class=”alignnone size-thumbnail wp-image-1175″ />オンパクとは、大分県別府市の別府八湯温泉で開催されている地域体験見本市イベント「別府八湯温泉博覧会」の略称であり、また、この別府八湯温泉博覧会で得られたノウハウを元に全国で開催される同種のイベントの総称でもあります。ノウハウの普及は一般社団法人ジャパン・オンパク(平成22年設立)によって行われています。
オンパクは「地域体験見本市イベント」とも呼ばれていることからわかるように、開催期間中にその地域ならではの様々な体験型観光型アクティビティを楽しめるイベントです。別府八湯温泉博覧会では、温泉に限らず稲刈り体験や夜神楽鑑賞など地域資源を活かした体験型観光アクティビティを多数提供し好評を博しています。
オンパクの画期的な点は、▼観光客ではなく地域住民の来場を前提としていること▼地域資源を生かした体験型観光アクティビティのテストマーケティングの場であること▼博覧会の形をとり地元企業や団体から広くアクティビティのアイディアを集めていること▼オンパクで好評を得たアクティビティは新たな観光資源として地域経済活性化を期待できること、にあります。観光客を呼ぶ前の段階として、地域住民自身が地域の魅力を再発見することが目的のイベントなのです。
リーン・キャンバスで見える化した「ジャパン・オンパク・プロジェクト」
ジャパン・オンパク・プロジェクトの概要をリーン・キャンバスで記述したものが下の図です。
オンパクの組織構造は一般社団法人ジャパン・オンパク→各地のオンパク事務局→出展者と参加者、という3層構造になっており、これを社会的企業向けリーン・キャンバスでは2つの活動に分けて記述します。
まず一般社団法人オンパク(以下、(社)オンパクと略す)の活動から説明していきます。
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(社)オンパクの活動
- 団体名、顧客
- (社)オンパクの顧客は、全国各地の有志団体になります。
- 顧客課題
- 全国各地の有志団体の困り事は、地域経済の疲弊であり、それに関連して地域資源が有効活用されていない、地域住民が活躍できる居場所がない、といった困り事も感じています。
- 提案、優位性
- (社)オンパクは顧客に対して、困り事を解決するために「オンパク手法の提供」という提案をしました。つまり「別府八湯温泉博覧会のようなイベントを皆さんの町でも開催して地域活性化を成功させませんか?」という提案です。オンパクは経済産業省サービス産業創出支援モデル事業にも採用されるほどの地域活性化成功事例ですので、顧客の期待は高まります。
- ソリューション
- (社)オンパクはどうやって提案を実現するのでしょうか? 実は(社)オンパクは別府八湯温泉博覧会の主催者が作った団体であるので開催運営のノウハウは熟知しているというわけです。
- チャネル
- (社)オンパクにおける商品はモノではなくノウハウですので、流通販売に相当するものは「研修」「アドバイザー派遣」となります。
- 主要指標、コスト構造、等の説明は割愛します。
次に各地のオンパク事務局の活動を説明します。
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オンパク事務局の活動
- 団体名、顧客
- オンパク事務局の顧客は、地域会員(地域住民を主とする参加者)・パートナー(出展する地元企業や団体)の両方となります。オンパクは広義のマッチングビジネスと解釈できます。
- 顧客課題
- 地域会員の困り事は、実際には様々あるでしょうが、オンパク事務局が着目したのは自分の地域には魅力がなく地域活性化など不可能に感じる、という心理的な困り事です。オンパク事務局はこれをより具体的に、地域住民自身が地域の魅力についてよく知らない、と再解釈しました。
他方、パートナーの困り事は新規事業に伴うビジネスリスクにあります。地域活性化には賛成だし新しい商品やサービスも開発したい、しかし失敗して経営危機になっては困る、というわけです。オンパク事務局はこれをより具体的に、テストマーケティングを行いたいが独力で行う予算やノウハウがない、と再解釈しました。 - 提案、優位性
- オンパク事務局は地域会員に対して、地域会員の困り事を解決するために、オンパク、すなわち地域資源を活用した地域住民向け体験イベントの開催という提案をしました。
他方、パートナーに対してはオンパクは体験イベントの形をとった展示や販売の機会であるので出展してほしい、と提案します。出展企画そのものはパートナーの責任で考えますが、宣伝や集客はオンパク事務局が引き受ける仕組みです。パートナーにとってはビジネスリスクを軽減できる提案です。
地域住民が地域の魅力を知るためのイベントなどこれまで聞いたことがありません。競合がいないというのはビジネス上の大きな優位性です。 - ソリューション
- オンパク事務局はどうやって提案を実現するのでしょうか? (社)オンパクから伝授されたノウハウがこれを実現します。オンパクの開催によって地域会員の困り事とパートナーの困り事を同時に解決するのです。
- チャネル
- オンパク事務局における商品はモノではなくイベントですので、販売に相当するものは「開催」となります。また会員制度(ファンクラブ制度)を組織しリピーターを増やす仕組みもオンパク手法のノウハウに含まれています。
- 主要指標、コスト構造、等は割愛します。
- 社会資源
- オンパク事務局は地域活性化という社会性の高い目的のために活動する団体であるため、様々な援助を社会から受けることができます。金銭的な支援は収入欄に、金銭以外の支援は社会資源欄に書きます。金銭以外の支援の代表例はサポーター(住民ボランティア)の労働力です。スポンサーである行政や地元観光協会も宣伝等の非金銭的な支援をしています。みなオンパクがいずれ実現する波及効果に期待し、実現に向け努力する人達に共感して支援をしています。
- 波及効果
- オンパクはただ楽しむ事を目的としたイベントではありません。観光資源に転用できる未活用の地域資源を探し出す活動であり、また地域住民の町おこしへの意欲を高めパートナーやサポーターとして活躍の場を提供する活動であります。最終的には域外より多くの観光客を呼び込み地域経済を活性化させることを目指しています。
ここで(社)オンパクの顧客である有志団体の困り事を思い出してください。困り事は地域経済の疲弊、地域資源が有効活用されていない、地域住民が活躍できる居場所がない、でした。この部分はオンパク開催による波及効果と対になっています。ジャパン・オンパク・プロジェクトは「地域の有志団体が重要な社会問題と考える地域経済疲弊を、有志団体の活動が起こす波及効果によって間接的に解決する」構造になっています。
いかがだったでしょうか。リーン・キャンバスは、読み方のコツをつかむと活動の概要を素早く把握する事ができるようになります。この連載では様々なソーシャルビジネス事例をリーン・キャンバスを用いてご紹介して参ります。
補足
社会資源の項の「協力企業との分業」という記述について補足します。
協力企業とは宿泊や交通機関手配の発生する体験アクティビティのために業務を代行してくれる旅行代理店や交通事業者を指します。旅行代理店が無償で何かを提供してくれるわけでもないのになぜ社会資源?と思う方もいらっしゃると思います。旅行代理店や交通事業者は集客力のあるイベントが開催されることで恩恵を受ける存在です。すなわちオンパク開催による波及効果が彼らに届いているわけです。これを逆手に取りオンパク事務局側は値下げ交渉をすることが可能です。この場合「値下げに応じること」が社会資源です。
活動の波及効果で恩恵を受けている企業から寄付や協力を取り付けることも、ソーシャルビジネスが安定して事業運営していく上で必要な知恵と言えます。
本日のキーワード
波及効果によって間接的に解決する